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 洞川から林道を下ると、黒滝村から下市町へとつうじる峠があります。この峠の頂上に、お地蔵様をおまつりした小さなお堂がたっています。

 むかしむかし、佐平という男がおりました。山にはいって木を切り、炭焼きをしてくらしておりました。雪が降って山仕事のできない冬には、木の板をうすくけずって、わっぱ作りに精を出します。

「ほんに佐平は働き者じゃのう。」
村人達のうわさを耳にするたび、妻のキクは心からうれしく思うのでした。

 仲のよい二人でしたが、子どもがおりませんでした。
「佐平よ、峠のお地蔵様にお願いしてみてはどうじゃ。」
 近所のじさまにすすめられて、二人はお地蔵様に願をかけました。
「お地蔵様、どうかわたしたちに子どもをさずけて下さいませ。」
どんなに疲れて帰ったときでも、二人はそろって峠にのぼり、お地蔵様に手を合わせるのでした。

 ついに二人に子どもがめぐまれました。それはそれはかわいい、玉のような男の子です。
「ありがたい、ありがたい。こんなかわいい子どもをさずかるなんて。」
「佐平さん、きっと大切に育てましょうね。」
二人はこの子に、小平太と名付けました。

 小平太はすくすくと育っていきました。春になると、元気いっぱいに野山をかけまわります。「おっかあ、きれいな花が咲いていたからとってきた。」
「まあまあきれいだこと。小平太はやさしいねえ。」
 夏には川にとびこみ、魚をつかまえてきます。
「おっとう、今日はこんなにとれたぞ。」
と言って、誇らしげにさしだす姿に、
「おうおう、そうかそうか。」
と二人は目を細めるのでした。

 七つになった冬のこと、小平太は病気になりました。高い熱が何日も何日も続きました。谷川の水でひやしたり、薬草をとってきて飲ませたりしましたが、熱はいっこうに下がってくれません。
「おっとう、おっかあ」
と、熱にうなされる小平太を前にして、どうしてやることもできません。

 雪がどっさりと降りつもった朝のこと。佐平とキクの必死のかんびょうもむなしく、小平太は死んでしまいました。

 二人のなげきはひとかたではありませんでした。キクは毎日泣きくらし、佐平は仕事をする気力もわきません。やがて、二人は村を出ました。小平太のめいふくを祈る旅にでたのです。雨の日も風の日も、ほうぼうのお寺をたずねて祈りつづけました。苦しい旅でしたが、なぜか小平太といっしょに旅をしているようで、心がやすらぐのでした。

 ある夜、佐平は夢をみました。遠くで小平太が手をふっています。
「おっとう、峠でまってるよ。」
 佐平には、何のことだかさっぱりわかりません。とにかく、村へ帰ることにしました。はやる気持ちをおさえながら、二人はふるさとへの道をいそいだのです。
 
 やがて、なつかしい峠の道にさしかかりました。峠のてっぺんには、ポッツリとお地蔵様がたっています。そっと近寄ってのぞこみました。するとどうでしょう。その顔は、あのかわいいわが子、小平太の顔に生き写しではありませんか。

「小平太よ、ここで待っていてくれたのか。」
なつかしさのあまり、二人はかけよってお地蔵様をだきしめました。涙が流れてとまりませんでした。

 やがて雪がとけ、鳥のさえずりが聞こえるようになりました。山の村にも遅い春がおとずれたのです。小平太が好きだった花もいっぱい咲いています。
 佐平は、お地蔵様のために小さなお堂を建てました。キクといっしょに、いつまでもお地蔵様をお守りしてくらそうと決心したのです。

 遠くの山にしずむ夕日が、峠の上の三つの影を真っ赤に照らしておりました。


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