戻る


 今年も大峰山は、きびしい修行にはげむ人や、山登りをする人でたいへんにぎわいました。 この山をひらいたのは、役行者です。
 この役行者には、これからお話しするような伝説が残っているのです。

 今から千三百年ほど昔のことです。
大和の国、葛城の茅原(ちはら)というところに一人の子どもがいました。名は小角(おづぬ)。小角は空を飛ぶ鳥をながめながら、
「わしも、あの鳥のように、大空を自由に飛んでみたいものじゃ」
と考えていました。
 小角は山の奥深くにはいって、岩穴にこもり、木の実を食べながらきびしい修行を重ねていったのでした。

 またたくまに三十年の年月がたち、小角は役行者と呼ばれるようになりました。
 修行のかいあって、五色の雲に乗って自由に空を飛び回れるようになっていました。山の木々やけものたちとも心を交わすことができました。山に住む神たちさえも、行者をしたうようになっていました。

 多くの山の中でも、小角は大峰山が一番好きでした。この山に立つとき、なぜか心がやすらぐのでした。

行者は、ある時こう思いました。
「この葛城と大峰の間に、岩の橋をかけよう。二つの峰を通いやすくし、人々のよろこびの場、修行の場とするのじゃ。」
さっそく家来の前鬼・後鬼を呼んで、橋造りを命じました。
 初めはためらっていた鬼たちでしたが、人々の幸せを願う行者の心を知り、
「みんな、力を合わせてこの岩橋を完成させよう。」
と協力することになりました。鬼たちだけでなく、行者をしたう多くの人々が手伝うようになりました。

 ここに、行者が人々にしたわれていることをねたむ者がおりました。広足(ひろたり)という役人です。
 広足は行者をおとしいれるため、朝廷に告げ口をしました。

「役行者というものは、まことにけしからん者です。あやしげな術を使い、人々をまどわしています。」

 これを聞いて、帝はたいそうおどろきました。
「そんな悪者は、すぐにとらえよ。」

 大勢の兵士が大峰の山におしかけました。しかし自由に空を飛べる行者を、どうしてもとらえることができません。

 広足は、ある方法を思いつきました。
「行者の母をとらえよ。それで行者をおびきだすのじゃ。」
 さっそく茅原の家から行者の母をつかまえてきました。

「行者よ、早く出てこい。さもなくば、おまえの母をひどい目にあわせるぞ!」
 
 年老いた母がとらえられては、もうしかたがありません。行者は広足にとらえられ、伊豆の大島に流されたのです。
 

 大島は鳥も通わぬさみしい島でした。
 島をぬけ出すのはたやすいけれど、母の身をおもうとそんなことはできません。
 行者は、ひたすら修行にはげむのでした。

 一方、大峰の鬼たちは、力を合わせて広足をとらえました。そして帝に行者の無実を訴えたのです。

 行者にうたがいのないことを知った帝は、うそにだまされて人々のことを思う行者こをとらえたことを、たいそうくやみました。
そして、すぐに行者を呼びもどすよう命じました。

 行者の帰ってくる日。
 村人や鬼たちは、今か今かと遠くの空を見つめていました。やがて五色の雲に乗った行者のすがたが見えてきました。
「行者さま〜、行者さま〜、お帰りなさ〜い!」
 喜び歌い、踊る人々にむかって、行者は空から語りかけました。

「みんな、ありがとう。再びこの大峰に帰ることができて、本当にうれしかった。しかし‥‥」
 人々は息をのんで行者を見つめました。
「世の中には、まだまだ苦しんでいる人たちがたくさんいる。わたしは、そんな人々を見すてておくことができないのじゃ。」
「わしはまた修行の旅に出ようと思う。この世の人々がもっともっと幸せになるように。」
「みんな、ありがとう。いつまでも幸せにくらしておくれ。」

そう言い残すと、行者は向きを変え、空のかなたへと飛び去りました。
みなは涙をながしながら、口々にさけびました。
「行者さま〜、行者さま〜!」

このときから、行者の姿を見た者はありません。
もしかすると、今もけわしい山々をかけめぐり、きびしい修行にはげんでいるのかもしれません。
そして、平和にくらすわたしたちを、どこからか見守ってくれているのかもしれません。

(クリックしてお聞き下さい)

戻る